子育てに活用できるアドラー心理学の基本的な概念
19世紀末から20世紀初頭に活躍した精神科医かつ心理学者であるアルフレッド・アドラー(現在のオーストリア生まれ)が提唱した個人心理学(Individual psychology)を元にした概念が『アドラー心理学』です。現在では、付き合いや恋愛の悩み、そして子育ての分野にも応用されるなど、アドラー心理学は絶大な人気を誇っています。
アルフレッド・アドラーは、夢診断で有名なジークムント・フロイトとも共同研究していた時期がありますが、後年、フロイトのグループとは完全に決別し、独自の理論『個人心理学(アドラー心理学)』の確立に力を注ぎました。
アドラーは精力的に心理学や精神医学を研究し、独自の理論を打ち立て、講演旅行で世界を回り、書籍等も多数発表してきました。
その中で述べられたことすべてが『アドラー心理学』と言えるのですが、アドラーの打ち立てた心理学を他の心理学と区別して『アドラー心理学』と呼ぶときは、次の5つの基本概念を指すことが多いです。
個人の主体性
個人(individual)という英語(「in=できない」+「 divisible=分けられる」+「 al=の性質」)自体が示すように、個人というものは「それ以上分けることができない存在」と考えます。
つまり、個人が自身の能力を使って自身の目的に向かって行動していくことが、人間個人の存在意義ですよ、ということ。
既にややこしくなりますが、アドラー心理学では、この個人の主体性(個人の創造性)を大きく評価し、その創造性が、個人個人が変化する根拠と考えています。
目的論
人間個人は、生物学的存在としては『個体の保存』と『種の保存』のために行動し、社会学的存在としては『自分らしい場所に所属する』ために行動します。
全体論
アドラー心理学では、個人は心と体などのいくつかの要素を持つ存在ではなく、個人自体がそれ以上分割できない存在だとして考えます。つまり、心と体の矛盾や対立、意識と無意識の間の葛藤、相反する事象などは、アドラー心理学では認められていません。
例えば、心では「行動したい」と思っていても、体が拒否しているときは、それは心と体が対立しているのではなく、何かの目的や何かの事象を実現・回避するために、別々の行動を取っていると理解します。
勉強して希望する学校に合格するという目的のために、心は「勉強しよう」と逸るアクセルの役割を果たし、体は「やはりちょっと休みたい」と無理をさせないためのブレーキの役割を果たしていると考えるのが、アドラー心理学の考え方なのです。
社会統合論
人間は一人で生きていくのではなく社会の中で協調しながら生きていきます。つまり、個人個人の行動が、他の個人に影響を及ぼすのです。
アドラー心理学では個人の中に矛盾や対立、葛藤があることはないというスタンスですべての事象を説明しますので、人が抱える問題は、自分の内部にある問題ではなく、対人関係やその他の対外的関係から発生する問題だと考えます。
また、人間が社会の中で生きている限り、対人関係から生まれる葛藤や苦しみに立ち向かうことになりますが、それは体や心といった個人の持つ成分が立ち向かうのではなく、個人全体が立ち向かうという意味です。
個人の中では矛盾や対立はないのですから、人が社会内で行うすべての行動は対人関係に関わる何らかの目的が存在しています。つまり、人は社会の中で社会に統合していくのではなく、元々社会的存在として存在するのが個人だとアドラー心理学では結論付けるのです。
仮想論
アドラー心理学では、個人というものは何らかの目的意識を持って行動する存在ですので、相対的な負の状態から相対的な正の状態に向かって行動するのが当然の姿となります。
つまり、他人から見ると正の状態から負の状態に向かって行動しているように見えるときも、本人にとっては自分が今、負の状態に居ると考えており、その状態をプラスにするために行動しているのだということが出来るのです。
自虐的な言葉を言ったり行動したりする人がいても、それは現在の状況から良くない状況に進みたいと思って行動しているのではなく、本人個人にしか分かり得ない望ましい状態を実現するために行動していると考えられます。
例えば、優れた絵画の才能を持つ人が、最後にあえて不必要な物体を描き加えたり不適切な色で特定の部分を塗ったりするなら、周囲の人は、その才能ある人が敢えてマイナスの状況に進みたいと思っているのかと推測するでしょう。ですが、その才能ある人は、いつも周囲から称賛される状態に落ち着かなさや不快感を覚えており、本人にとってはプラスの状況である誰からも褒められない居心地の良い状態を実現するために、敢えて不必要な物体を描き込んだり、不釣り合いな色調のものを描き加えたりしていると解釈できるのです。
アドラー心理学を子育てに活用する方法
アドラー心理学のこの基本的な5つの概念を、子育てにどのように活用することができるでしょうか。
子供を見守る
アドラー心理学では、個人は常にプラスの状態に向かって行動する存在だと考えています。つまり、放っておいても良い方向に向かうのが、人間なのです。その理論を子育てに活かすなら、子供も常にプラスの状態に向かって行動する存在ですので、子供の自主性を重んじ、子供の行動を見守ることが大切です。
道案内は必要
ただし、子供が常にプラスの状態に向かって行動すると言っても、間違った状態を『プラスの状態』だと考えてしまうなら、子供は誤った方向に進んでしまいます。例えば、公衆の面前でも大きな声で話すのが正しいと子供が認識するなら、子供はいつでも他人の迷惑を顧みず、大きな声で話すようになってしまいます。
もちろん、子供の自主性を重んじるのは大切ですが、途中までの適切な道案内は親の役割となります。「静かな声で話そうね」「食事はおいしく全部食べようね」「問題集の10ページから15ページまでを解いておこうね」とある程度の道案内を行い、あとは子供の自主性に任せて、子供が計画を立て、子供が自分のペースで行動していくのを見守ります。
サポートを提供することも必要
子供の自主性を重んじると言うことと放任主義は違います。アドラー心理学では子供の自主性を重んじますが、「子供が何をしてもかまわない」「親は子供の生活を一切気にしない」という放任主義は推奨していません。
例えば、子供が勉強をまったくしないときに、無理やり教えたり、塾に入れて無理にでも勉強する体制に持っていったりするのではなく、かといって、勉強についてのコメントを全く言わないのでもなく、「勉強で分からないことがあったら言ってね。一緒に考えてみようね」と、親がいつでもサポートする姿勢を示すのです。
子供を褒めない
アドラー心理学では、子供も意思を持って、自分のために行動する存在として捉えられていますので、子供をむやみに褒めることは推奨していません。
褒めるというのは、親にとって嬉しい言動・親にとって素晴らしいと思える言動がどういうものか子供に示す行為でもありますから、親の判断基準を子供に押しつけるという側面があるのです。
「褒められる」ことを子供の目的にさせない
子供は親が褒めると、次も同じような行為をとるようになります。これは、子供の意思で『良い』と思った行為をしているのではなく、親が『良い』と思った行為を親に認められたくてしているのです。
つまり、子供を褒めてしまうと、子供が自主的に良い行動をするように育てることが難しくなります。例えば、勉強をしていることに対して親が褒めると、親が見ているときだけ勉強するようになったり、自分の部屋ではなく親の前で勉強するようになったりと、「勉強したい」という気持ちを育てるのではなく、「勉強している様子を親に見せて褒められたい」という気持ちを育ててしまうことになるのです。
子供の存在に感謝する
「子供を褒めない」というのは、子供の良い点を認めないという意味ではありません。
例えば、子供がそばにいるだけで、親は嬉しい気持になりますよね。「いっしょにいると楽しいわ」「本当に見ているだけでも嬉しくなるね」と、子供がした行為ではなく、子供がただ存在していることに対して感謝の気持ちを表現することが大切なのです。
子供の『今』に集中する
人間は過去の行為から何かしらを学ぶものです。また、未来を考え、未来に向かって行動したり、不安になったりもします。ですが、アドラー心理学では、過去や未来を考慮した行動は推奨されておらず、つねに『今』をどう生きるかに焦点が置かれています。
失敗や辞めたことに振り回されない
例えば、子供が途中で辞めてしまったバレエをまた始めたいと言い出したとします。今、本当にバレエを頑張りたいという気持ちがあるなら、「また、前みたいに続かないんじゃないの?」「今度は本気なの?」と、過去に振り回されるような言葉を親はかけるべきではありません。
失敗や途中で挫折した経験があっても、常に今を生きるのが人間です。以前はまだ機が充分に熟していないために続けられなかっただけかもしれないのですから、再チャレンジはいつでも可能なのだと子供に教えることも親の役割です。
将来を決めてしまうような発言をしない
「バレエで生活ができるのは、本当に少しの人しかいないから、バレエをするのは無意味だよ」とか「バレエを一生懸命しても、人生にとって役には立たないよ」などの、子供の将来を決めてしまうような発言をも、アドラー心理学的にはNGです。
親は子供の『今』が充実するために最大限の力を貸さなくてはなりませんので、もう戻れない『過去』や親自身もどうなるか分からない『将来』に振り回されずに、常に全身で子供の可能性を応援します。
アドラー心理学を子育てに活かす部分は自分で決める
アドラー心理学は、アルフレッド・アドラー氏が提唱した心理学をベースに、アドラー心理学を研究する人々が解釈を加えたものですから、全ての真理を示しているわけではありません。
「これは子育ての役に立つ」と各自が思える点を子育てに取り入れ、「これはうちの子には合わない」と思う点は実践する必要はないのです。
アドラー心理学を子育てに活用する時は子供の性格や適性を見極めてからにする
アドラー心理学では子供の自主性を重んじますが、もちろん、『自主性』にも個人差があります。責任を持って任されると頑張る子供もいますが、責任を持たされたり自由に行動するように言われたりすると、萎縮してしまい、何も出来なくなってしまう子供もいるのです。
主体性を発揮するのが難しい子供にアドラー心理学が提唱する自主性を期待してしまうと、その子供にとっては「生きづらい」と感じる可能性があるでしょう。
アドラー心理学を部分的に活用するのだとしても、子供の性格や適性、子供の行動パターンをよく親が見極めてから実践してください。せっかくの子供の素晴らしい才能や気質を、親の無理な子育て方針によって潰さないようにしましょう。
アドラー心理学を子育てに活用するならぶれない方針を持って!
100人いれば、100通りの教育方針があります。もちろん、何が正しく何が間違っているとは言えませんが、すぐに他人の提唱する教育方針に影響を受けてしまう親はちょっと考えモノです。
アドラー心理学が話題だからとなんとなく飛びつき、その後、別の心理学やコーチングが流行ったら、そちらに鞍替えする。自主性に任せるのが良いと考え子供に注意をしなかったのに、その後、子供を導くのは親の役割だとばかりにうるさいくらいに子供の行動に口を出す。
子育てにおいて、臨機応変さや柔軟な考え方は必要ですが、次々に親の教育方針が変わってしまっては、子供は混乱しますし、大きなストレスになります。
もちろん、すべての親の行動は子供への深い愛がベースにあるはずです。このベースの上に、ぶれない教育方針を持ち、子供が充実した人生を送れるようにサポートしていきましょう。